前回の記事で乳酸耐性能力は頭打ちするので最終的にはスピードが鍵を握るということを書きました。
しかし一般レベルの400mでトップスピードの向上に重点を置いて練習している選手はあまりいないように感じられます。
メインはやはり乳酸を出すケツワレ練習です。
理由はやはり「心理的な不安を解消したい」あるいは「ケツが割れなきゃ400mの練習じゃない」というところじゃないかと思います。
私自身もそうでした。
限界まで追い込まずに終える練習など甘え以外の何物でもないと思っていましたから(笑)
しかし20代も後半になると徐々に難しくなっていきます。
30代になると300+300+300のような練習は1セットやると体力が回復せず練習が終わってしまうし、何より社会人になって仕事の後に一人で辛い練習に向かうモチベーションが沸きません。
ただこなすだけの練習になりがちでした。
そんな時、当時大学4年生だった100m日本代表の山縣選手が4×400mRでみせた快走が私に衝撃を与えました。
2走でバトンを受けた山縣選手はぐんぐん加速しバックストレートで先頭に出ます。
ここまでは当然の展開だと思いました。
スピードはダントツに速いわけですから。
100mの選手が400mの選手相手に見せ場をつくれるのは前半200mまでです。
300mまでトップを守れれば十分仕事をしたと言えるでしょう。
しかし200mを過ぎても後続との差は全く縮まらず、ラスト100mではむしろ差を広げて3走にバトンを繋ぎました。
これは全く予想外の展開でした。
そしてこのレースは私の400mに対する考え方を変えるきっかけとなりました。
なぜ100mの山縣選手が400mの選手たちを圧倒したのか?
その要因はやはりトップスピードの高さだと思われます。
前半で一気に先頭に出た加速力も、後半でさらに突き放したスピード持久力もトップスピードの高さゆえです。
どんなに乳酸トレーニングをしても400mを最初から最後まで減速せずに走りきることが出来ないということは以前書いた通りです。
当然400mを走りきれるペースで走る事になるわけです。
トレーニングを積み持久力のある選手は全力の90%近いスピードで走っても走りきれますが、持久力が無い選手は70%~80%ぐらいのスピードで走らなければ最後に脚が止まってしまいます。
山縣選手は100m専門なので当然持久力は400mの選手ほどありません。
仮に山縣選手が80%のスピードで走ったとし、400m専門の選手たちが持久力を活かして90%のスピードで走ったとします。
トップスピードが互角であれば当然400mの選手が勝つところですが、前述したとおり山縣選手のトップスピードは次元が違います。
80%に抑えても他の選手の90%のスピードを上回っていたと考えられます。
つまり山縣選手はきちんと走りきれるようスピードを抑えて走っていたにもかかわらず前半から誰もついていけないほど速かったということです。
そして自分のペースを守っていたので最後まで大きく失速することなく走りきれたわけです。
逆に400m専門の選手たちは先行する山縣選手について行こうとした結果オーバーペースとなり、本来有利であるはずのレース後半で差を広げられてしまったのではないでしょうか。
最終コーナー付近の写真。
山縣選手は余裕の表情で走っているのに対し、後続の400mの選手たちは皆アゴが上がったり、歯を食いしばったりして苦しそうな表情でした(しかし400mの最終局面においては苦しい表情になるのが普通です)
このレースの後に行われたアジア大会においても200mを専門とする飯塚選手や藤光選手が山縣選手同様にスピードを活かしてマイルリレーで好走し日本を金メダルに導きました。
この年のショートスプリンターの好走は400mにおけるトップスピードの重要性を強く示すものでした。